やなせたかし先生の平和への思い

ぼくは人を殺す戦争はきらいです。憎くもなんともない人を殺すのは

嫌なのです。

 

死ぬのも嫌だったけど、もう94歳になると、そっちのほうはどうでも

よくなりました。

 

戦争はしないほうがいい。

 

一度戦争をしたら、みんな戦争がきらいになりますよ。本当の戦争を

知らないから「戦争をしろ」とか、「戦争をしたい」と考えるのです。

 

戦争映画などを見るとカッコイイと思うのかもしれませんが、本当は

全然格好くないのです。

 

アメリカではスーパーマーケットや学校で銃をぶっぱなす人がいます

ね。あれは映画やテレビの影響だと思います。悲惨ですね。

 

こんなことを言うと、「アンパンマンはばいきんまんをアンパンチで

やっつけるじゃないか、あれはどうなんだ」と反論する人がいます。

 

ばいきんまんは人じゃなくてばい菌です。しかも、やられたら

「ばいばいきーん」と言い残して去っていきます。そして、また戻って

きて悪さをする。

 

アンパンマンとばいきんまんは、食べ物とばい菌です。だから、仲良く

してもらっては困るのです。それでも、彼らはマンガの中で共に生きています。

 

ぼくが最近怖いな、と思うのは、殺菌とか除菌がブームになって、

ばい菌というだけで目の敵にして消毒してしまうことなんです。

たしかに、インフルエンザとかノロウイルスは怖い。でも、なんでも

かんでも殺菌してきれいにしてしまうのはおかしい。

 

無菌状態になると、今度は人間の抵抗力がなくなってしまいます。

それでは本末転倒です。

 

なんだか、このところ世の中全体が嫌なものはみんなやっつけて

しまおう、というおかしな風潮になっているような気がしてなりません。

 

国同士も同じことです。

 

国と国が「あいつは気にくわないからやっつけてしまえ」というのでは

また戦争になってしまいます。嫌な相手ともなんとかして一緒に生きて

いくことを考えなければならないのだと思います。

 

ぼくが言いたいのは、戦争にならないように、日頃からがんばって、

みんなが戦争なんてしなくてすむ世の中にしよう、ということです。

戦争をしなくていいんだから、軍隊なんていらなくなります。

 

でも、これはとても難しいことですよ。

 

第一次世界大戦が終わったとき、世界の人たちは「戦争はもうこり

ごりだ」と痛感しました。それで、国際連盟をつくったり、軍縮会議を

始めたりしたのです。

 

ところが、平和は長続きしませんでした。

 

お互いに軍艦の数を減らしましょう、という会議を始めたら、「うちの

ほうがたくさん減らされて不公平だ」「向こうはずるいんじゃないか」

とそれぞれに主張を始めて、国際連盟から脱退する国が出てしまい

ました。日本もそうでした。

 

そうかと思えば、「こんなに賠償金をとられたのでは国が滅んでしまう」

と反発する国もありました。

 

よくよく考えてみれば、今だって、世界中で同じような状態が続いて

います。

 

ぼくは、戦争の原因は「飢え」と「欲」ではないか、と考えています。

 

腹が減ったから隣の国からとってこようとか、領土でも資源でも

ちゃんとあるのにもっと欲しいとか、そういうものが戦争につながる

のです。

 

これは、生き物の生存本能だから困ります。

 

狭い地面に別々の植物を植えておくと、いつの間にか、片方が勢力を

伸ばして、片方が枯れているということがよくあります。ちょっとでも

肥えた地面をたくさん手に入れようとする植物同士の戦争があって、

片方が負けたのです。

 

動物でも人間でも同じことですよ。

 

ただ、人間は頭のいい生き物だから、なんとかできるのではないか、

と思うのです。

 

ぼくが『アンパンマン』の中で描こうとしたのは、分け与えることで

飢えはなくせるということと、嫌な相手とでも一緒に暮らすことは

できるということです。

 

「マンガだからできることだ」「現実にはムリだ」なんて言わずに、

若い人たちが真剣に考えてくれればうれしいです。

 

…自身の戦争体験(やなせ先生は昭和15年から5年間、日本陸軍

の兵隊でした)を綴った、やなせたかし著 「 ぼくは戦争は大きらい 」

より