日本を代表するある大きな銀行には、社内で上司を評価する仕組みがあります。同じ部署の行員が上司をチェックするわけです。そして、減点の数が、リーダーとしていかがなものかというレベルになったときには、研修所に送り込まれるというシステムになっています。
そこで開催される研修の内容とは、一言でいうなら「リーダー失格研修セミナー」です。
私の師匠でもあるその研修会の講師からお声がけいただいて、もちろん参加させていただきました。
14名の取締役の方は、立場上はただ者ではない人たちです。誰一人、来たくて来ているわけではありません。しかし、たまたま自分の部下の評価がそうであったから、しかたなく来ているのです。当然、最初から研修の雰囲気は険悪です。誰も目を合わせようとはしません。
このような状況で進めていく研修というのは、いったいどんなものなのか?どうやって進めていくのだろう?そう考えながら座って見ていました。
「やはりみなさん、30年もこの道一筋でいろいろな人を育ててきたという思いのあるなかで、この評価は嫌なものですよね」
そう講師が切り出すと、とくにひどい評価を受けていたある方が言いました。
「冗談じゃないよ、まったく。オレは何人の部下を育ててきたと思っているんだよ。それが、何だよこの評価」
この方は、評価が書かれた書面を家に持って帰り、「どれだけオレの世話になっていると思っているんだ、どれだけあいつらの面倒をみたかわかるか」と、奥さんにぼやいたそうです。
「どうしたの、何が書かれているの」と奥さんが言うので、渡したところ、「あら、全部当たっている!」と言われたそうです。しかも、「私も書いておくわ」と、もう2項目くらい追加されたということでした。さすがにこれ以上落ち込む場がありません。
「冗談じゃないよ、この2つ見てくれよ。かみさんまで書いたんだよ!」
そのように訴える彼に、講師はこう応えました。
「そうですか、なかなか手厳しいですね。でも、これがあなたの実像ですね」
スパッとそう言い切ったのです。
自分が自分をどう思っているかということと、周囲が自分をどう見ているかというこの2つは、なぜか、違うことのほうが多いものです。自分ではそういう性格ではないと思っていても、不思議と周囲はずっとそのように捉えていたりします。
不思議なことですが、自分が思っている自分というのは、他人から見たものとは違っていることが多いというのが現実です。しかし、ほとんどの人がこのことに気が付いていません。そのため、「冗談じゃないよ」というぼやき節も出てきてしまうわけです。
前リッツ・カールトン日本支社長 高 野 登
「リッツ・カールトン至高のホスピタリティ」 より