元外資系会社社長・新 将命(あたらし まさみ)さんのセミナーで聞いたご自身の経験談です。
ある部長を地方支社に転勤させようということになった。その部長への説得役を常務が行うことになった。
切れ者の常務は「これこれの目的で、これこれの仕事を新しい任地で遂行してもらいたい」と理路整然と伝えた。
その部長は突然の話に驚いた。ジッと考えていたが、やがて「お話はわかりました。でも、なぜ私なんでしょうか」と尋ねた。
常務はムッとして、「あなた以外にいないからです」と対応した。
「いや、そんなことはないでしょう。AやB、Cだって、適任に思われますし、他にもたくさんいますよ」
「いや、いないからこそ、君にお願いしているのです」
「辞退させてください」
「社命です」
「ウーン。お話はわかりましたが、どんなお叱り、処分を受けても、この転勤だけは受けられません」
その部長は、どうしても「いま、なぜ自分が?」という疑念が晴れなかったのである。その疑念が晴れない限り、たとえクビになっても転勤を承知できない気持ちだったのである。
疑問にキチンと答えず、力づくでは、骨のある部下は動かせない。
理づめでは、かえって反発させてしまうことだってある。
この2人の会話を見ていた専務が部長を呼んだ。
「君はさっき、どんなにとがめられても、と言ったね?」
「はい。どんな処分を受けても、この話だけはお断りします」
「わかった」と専務は笑った。続けてこう言った。
「君は会社の命令に背いた。その罰として支店勤務を命ずる」
驚いたのは切れ者の常務だった。呆れた顔をして専務を見た。
すると部長は苦笑いしながら、「私の負けです」と言った。
こうして転勤問題はカタがついたのである。
人は論理だけでは動かない。
後日この部長は「その場に応じてトンチというかユーモラスなカタチで当意即妙に反応する専務の人柄に脱帽したんだ」と言っていた。